マイ・ペースな奴ら

「マイ・ペース」オフィシャルブログ、1974年「東京」のヒットから。再び活動を始めた、森田みつぎ、伊藤進、根次男、サポートメンバーhiroko、の活動とニュース

2011年05月

皆さんも経験があると思いますが、なぜかスケジュールが集中する日があってどれも大切な人ばっかりで・・・、困っちまった

なんて事が。 7月に中既に何件も重なるのです!!。7/2や7/17、7/23

いったいどうなっているのか?何だかとても辛いですねぇ。基本的に早いもの順ですのでこれだけはなんとも・・・・。

それにしても集中します、一日ズレるだけで良いのに。。

ごめんなさ~い!   あ~あ。 ちょっと落ち込み↓ 心がけかねぇ?

次は必ず気合で外しません!!

関東の酷暑は今年もやってくるのでしょうか?東北は今年もぎりぎりの所で気温が持ち直してくれるのでしょうか?

長い暑さは嫌ですが東北の気温が上がりきらないうちに秋になるのも困ります。

ところでどなたか、梅雨の湿度を楽しむ方法があったら教えて下され、・・・あるかいな~?なかなか無いだろな~。

明日28日行こうと思っている「澤田一範」(SAX)さんの音は湿度が高くてもいい感じに聞こえそうだな~、抑制の効いた澤田さんのすばらしい音色と、ゴージャスなストリングスの和音は、頭の中を緊張から開放してくれる大人向けの音楽でっせ!、 新宿 someday  です。

6月17日(金) ライブ酒場「少年時代」 (古今亭八朝師匠のお店)

19:30~  21:30~  

40人ほどで満員です、今回も何をやろうかアイデアを搾り出して、普段あまり見られない森田のライブになると思います、伊藤さんも途中参加の予定、

3人のマイペースとはまた違った色々なジャンルを唄います、もっとも途中から酔っ払って終わりかもしれませんが、ま、それはそれで。

板橋区板橋3-12-2-2F  お問い合わせ 03-5375-0668

都営三田線 板橋区役所駅 徒歩3分

お近くの方、大人の方、お酒好きな方、落語のお好きな方、どうぞ。

初めて参加させていただいたパルテノン多摩のコンサート。懐かしい人にも会えて楽しく過ごしましたが、待ち時間がたくさ~んあり、集中力が切れたのか歌詞の間違いがあり(めずらしい?)ゴメンナサイでした。!

見知らぬ人から「長持ち唄やって!」とリクエスト???何で???不思議に思いながら一節だけ披露、なぜか一番大きな拍手?

1部のコンサートの中で「ふきのとう」の細坪氏がマイペースの話をしてくれ、その中で「昔打ち上げでやってくれた民謡」の話をして、「リクエストしたらやってくれるかも」と前振りがあったようで、ビックリ。

2部の最後の出演が我々だったので、最後全員で何か唄おうということで「岬めぐり」、伊藤さんのリコーダがさわやかに会場に広がったのだ~!

再活動以降始めてのコンサートホールでのライブ、課題も色々見えましたが、とても楽しく。コーラスのグループであるマイペースはやはりああいう環境で一番良く聞こえるのだろうと思いました。この先新しい歌の方向性を決める上でも良いケイケンでした。

  森田

秋田県南秋田郡飯田川町、昭和町、(現在は潟上市に合併)学校組合立「羽城中学校」3年1組(伊藤進、根次男、佐藤勝彦、菅原省一、森田貢、)高校時代 フォークソングの洗礼を受ける。その頃(1970年)秋田のアマチュア音楽シーンの中心にいたのが「山平和彦」中学の先輩でもあり「あきたおんがくくら ぶ」の活動に参加し始める。(リップス)の名前で、オリジナルを含め高石知也アリスなどの曲を、コーラスアレンジをして楽しんでいた。山平氏のバックバン ドを…という話になりメンバーも3人(伊藤、根、森田)になり、「マイペース」結成。
高校卒業、公務員試験を受け地元の大学2部に行きながら仕事をしていた森田が。国立高専の伊藤と病気で一年留年した根を待って、1973年秋田を出て山平和彦のバックバンドとして東海地方に向かう。
名古屋に着きすぐに、とある画家(今や超有名)のお宅に居候を始めるが環境のすさまじさに家探しを始める。岐阜市に素敵なマンションを見つけ移動、レンゲの花に囲まれた白いマンションで共同生活が始まる。
以下中日新聞原稿より「1973年東海ラジオの深夜番組(ミッドナイト東海)のディスクジョッキーを始めていた山平和彦(秋田出身)の元へ秋田時代から バックバンドをしていたマイペースが岐阜市に移り住んだ。と言うのが真実なのだが、本当はこんな説明をしてもあまり意味のない事なのだと思う、「マイペー ス」と言えばそれはそのままヒット曲「東京」を意味する、95%そうなのだ。べつに自嘲している訳ではない、それほど楽曲そのものにパワーがあったからな のだと解釈し ている、そして「東京」 ヘ名古屋だからこそ生まれた曲なのだから….。
合宿生活だった。メンバー、マネージメントをする銀次身の回りの世話役を買って出てくれた八重美ちゃん(皆「ばぁや!」と呼んでいた….失礼な!)手打ち のコンサートに明け暮れ、夜毎の盛り上がりは終わりを知らなかった、練習はいつも突然始まった、体も心も活力に溢れていた、皆が毎日熱かった。」



秋田県潟上市羽城中学校の同級生である、森田貢、伊藤進、根次男らが結成。

1974年に3人組「マイペース」として、10月25日にシングル『東京』でメジャーデビュー。ロングセラーとなる。[1]

1975年、シングル曲「東京」を含むアルバム『とうきょう』を発表。

1976年、シングル曲「望郷の街」発表。

1977年、シングル曲「夕日の町」発表。アルバム『MY SPACE』発表。

1978年、シングル曲「乾杯」発表。根次男がグループを抜け、活動休止状態になる。

2010年、「やり残したことがある」と活動を再開。

2011年4月12日、『NHK歌謡コンサート』(NHK総合)に出演し、『東京』を披露する。

代表曲「東京」(森田貢 作詞・作曲、JASRAC作品コード055-6109-4)は、BEGIN敏いとうとハッピー&ブルー丸山みゆきなど、多くのアーティストによってカバーされている。

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